
分子動力学(MD)計算は、タンパク質のダイナミクス・フォールディング過程等を時間的・空間的に高解像度で解明する点で優れた手法である。本報告では、MD計算により物理学的に信頼性の高いトラジェクトリを得ることを目的として、汎用ポテンシャル関数の選択の検討を行った。
モデルタンパク質キモトリプシンインヒビター2(CI2)は 残基数64で、αヘリックスと3本のβストランドを持つ。そのフォールディング過程は2状態遷移であり、数々の生化学的及び計算機実験の報告例により、その詳細が明らかにされている。MD計算におけるポテンシャル関数の影響を調べる上で、参照例が十分にあり好都合である。
比較する汎用ポテンシャルとして、溶媒を含む生体高分子の系のシミュレーションに広く用いられているAMBER parm94とparm96を取り上げた。両者は、ペプチド結合のねじれ角によるポテンシャル項のパラメータが違うだけであるが、ペプチドのMD計算では結果に違いをもたらすことが報告されている。
AMBER parm94とparm96の違いの影響を見るために、各々のポテンシャルを使用して温度300、400、500、600、700Kで1〜2nsのMD計算を行った。両ポテンシャル関数とも、300Kで、安定な天然構造状態をシミュレートできることが確認された。一方、熱変性トラジェクトリ間で最も著しい違いは、二次構造の現れ方であった。parm94の場合、3本のβストランドがαヘリックスよりも早く消失したが(下図左)、parm96使用時は、αヘリックスがより早く崩れた(下図右)。parm94での遷移状態は、β構造全てとα構造の一部が失われたネイティブ様の状態であり、他の実験・MD報告例とも一致を見た。アンフォールド状態では、parm94の場合、一時的で不安定なα構造が支配的で、β構造は観測されなかったが、parm96では逆に一時的なβ構造が多く観測された。ネイティブ〜遷移状態に関しては、parm94による結果の方が実験事実により近い。一因は、parm94がヘリカルな主鎖を取り易いのに対して、parm96は伸びた主鎖構造を取る傾向があるためと思われる。

M. Sekijima, C. Motono, S. Yamasaki, K. Kaneko, and Y. Akiyama, "Molecular dynamics simulation of dimeric and monomeric forms of human prion protein (HuPrP): Insight into dynamics and properties" Biophysical Journal, accepted.
|