News & Topics

産学官連携による麹菌を用いた
ハイテク・スタートアップが始動
- 麹菌のゲノム科学情報基盤を確立 -

2004年12月24日掲載

ポイント

  • 麹菌の全ゲノム塩基配列を利用して、遺伝子発現プロファイル、代謝パスウェイなどの情報基盤を構築。
  • この情報基盤を活用することにより、これまで試行錯誤で行っていた新規のバイオプロセス研究開発を大幅にスピードアップ。
  • この成果の商業利用化を促進するために、東北大学、金沢工業大学とともに、研究開発型ベンチャー企業を設立。
  • 麹菌ゲノムを扱うベンチャーは国内初。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)、生物機能工学研究部門【部門長 巖倉 正寛】及び 生命情報科学研究センター【センター長 秋山 泰】は、麹菌のゲノム利用に関し、遺伝子予測技術DNAマイクロアレイ遺伝子発現プロファイル解析代謝パスウェイ予測などの研究開発技術に関する情報基盤の構築を行った。 これにより、麹菌のゲノム情報に基づいた新しいバイオプロセスの設計など、麹菌を用いた研究開発のスピードを大幅に速めることができると期待される。

 この成果に基づいて、産総研認定ベンチャー企業として 株式会社ファームラボ【代表取締役社長 熊谷俊高】(以下「ファームラボ」という)を平成16年12月24日に設立する。 ファームラボは、産総研、国立大学法人 東北大学、学校法人金沢工業大学などから麹菌ゲノム情報に関して技術移転を受けることにより、企業からの研究受託や独自プロセス技術の開発などを進める予定である。 このような麹菌ゲノムを扱うベンチャー企業の設立は国内初となる。

  • 遺伝学が使えないなど、これまで麹菌は研究が難しい生物種であったが、近年、ゲノム塩基配列が明らかになり、効率的な研究開発の道が開けた。
  • 産総研は、この麹菌のゲノム情報から遺伝子とその機能を予測する技術や、代謝パスウェイを予測する技術を駆使することにより、麹菌の研究開発に重要な情報基盤を構築した。
  • 併せて、東北大学、金沢工業大学との連携により、新たなバイオプロセス開発の鍵となる遺伝子を特定するための分子生物学的技術や、遺伝子の発現プロファイルを解析するためのDNAマイクロアレイ等の解析ツールを開発した。
  • また、共同研究先の東北大学とともに、この研究開発情報基盤を利用した生分解性プラスチックの効率的分解による大規模工業リサイクルの開発など、新規の生物産業を創出するための研究開発を進めており、事業化に直結する研究成果も得られている。

 産総研 ベンチャー開発戦略研究センター【センター長 吉川 弘之】では、これらの成果を活用したベンチャー創業が有望と判断し、スタートアップ・アドバイザー主導のもと、スタートアップ開発戦略タスクフォースを編成し、実用化に向けた追加研究開発の助言、市場調査に基づくビジネスモデルの策定、事業計画の作成、そして会社設立に至る一連の創業準備等の総合的支援を行ってきた。 従来、産総研、東北大学、金沢工業大学は、麹菌に関して共同で研究を進めるなどしてきたが、今回、これらの技術を集約しベンチャーの立ち上げに至ったものである。

 ファームラボは、今後、この麹菌に関する情報基盤を、環境や(予防)医療など、生活に密着した産業への利用を進めていく予定である。

page top
研究の背景

 麹菌(Aspergillus oryzae)は、我が国の伝統的な醸造製品である酒、味噌、醤油などの製造に古来から利用されている糸状菌の一種で、日本の「国菌」とも言われている微生物であり、欧米諸国でもその有効性と安全性が広く認められている。 また、麹菌は遺伝子工学技術を用いた有用酵素生産などバイオテクノロジー産業に幅広く用いられており、生活に密着した広範な利用が可能であることから、いろいろな生物起源の有用タンパク質生産や医療産業などへの利用が期待されている。

研究の経緯

 麹菌の産業および学術面における一層の利用のためには全ゲノム塩基配列情報の解析が欠かせない。 麹菌のゲノム解析は、日本においては産学官連携によって進められてきた。 産総研では1996年からEST解析を開始、1998年から産学官連携による大規模な解析に発展させ、2001年3月に完了した。
さらに、この成果に基づいて2001年8月からは独立行政法人 製品評価技術基盤機構との共同研究により、産学官連携のコンソーシアム形式による麹菌の全ゲノム解析を開始し、本年度中に完了することが予定されている。
一方、海外では麹菌の近縁種であるAspergillus nidulans、Aspergillus fumigatusなどの糸状菌の解析が公的な研究機関あるいは企業で進められており、日本での麹菌のゲノム解析はこれらと並ぶ形で行われてきた。コンソーシアム内の研究所、大学、企業では、得られたゲノム塩基配列の利用について、それぞれ得意とする分野での応用研究を進めている。

page top
研究の内容

 麹菌の全ゲノム情報に基づいて、産総研で開発された遺伝子予測システム「GeneDecoder」、アライメントプログラム「ALN」などのソフトウェアを用いて麹菌が有する全遺伝子の発見と機能予測を行った。
また、この結果に基づいてDNAマイクロアレイを設計・作製し、種々の培養条件下や栄養源などでの大規模な麹菌全遺伝子発現プロファイルのデータベースを構築した。
さらに、麹菌の遺伝子情報に基づいて、代謝パスウェイの予測や、麹菌が得意とする分解・生合成の予測など、より高次な情報解析を進めている。 産総研と共同で麹菌によるバイオプロセスを研究している東北大学ではこの情報を応用し、生分解性プラスチックを麹菌で効率的に分解し、資源となる物質を回収するという再利用プロセスの開発に成功している。
このように麹菌ゲノム科学の基盤情報は、新規の生物産業の研究開発に貢献することが実証されている。

今後の予定

 麹菌は安全で有用な微生物として、広く世界に認められた微生物であり、様々な形でのバイオテクノロジーへの利用が期待される。 麹菌は、バイオマスなどの難分解性物質の分解能力に優れ、生分解性プラスチックの効率的分解再利用をはじめとする循環型バイオシステムの構築が期待される。 麹菌を利用した伝統的発酵食品は、健康維持やQOL(人々の生活の質・満足度)の向上に有効なことが近年の食品の機能性評価によって明らかになりつつある。
産総研では、今回開発した技術を研究者が主体となって事業化することで、社会に幅広く貢献したいと考えている。 ファームラボは、産総研、東北大学、金沢工業大学などから技術移転を受け、DNAマイクロアレイの販売と受託解析、企業からの研究開発受託、独自のバイオプロセス開発など、環境や(予防)医療など、生活に密着した産業への利用を進めていく予定である。 ゲノム情報を基盤とした研究開発では、最新の解析技術、情報処理技術、得られた情報の効率的な利用方法の開発などの高度な融合が重要であるが、ファームラボは、移転された技術を骨格として独自の研究開発を進めることで、この分野の事業開拓ができると考えている。

page top
用語説明

  • ハイテク・スタートアップ

    先端的な技術シーズを基に革新的な製品・サービスを提供し、高い成長性が期待される新規創業企業。

  • 遺伝子予測技術

    A、T、G、Cの並びであるゲノムの塩基配列から、翻訳されてタンパク質が合成される部分を予測する技術。 タンパク質のアミノ酸配列をコードする領域は、翻訳開始配列(一般的にはATG)から翻訳終止配列(一般的には、TAA、TAG、TGAのいずれか)までの領域であり、麹菌などの真核生物では、遺伝子中にイントロンと呼ばれる翻訳されない領域が存在する。
    そこで、遺伝子のこのような構造上の特徴や、遺伝子配列の統計的な性質、既にアミノ酸配列が知られている類似のタンパク質配列の情報などを利用して、塩基配列から遺伝子として機能する領域を予測する計算機プログラムが開発されている。

  • DNAマイクロアレイ

    スライドグラスなどの平面上に、多数の異なるDNAを高密度に固定化したものであり、固定化されている位置によってDNAの種類が判別できるようになっている。 通常、蛍光標識されたmRNAなどをDNAマイクロアレイに反応させ、各DNAが固定化された位置の蛍光強度を読み取ることにより、試料中に存在する多数のmRNAの種類とその量を一度に解析することができる。 固定化するDNAの種類としては、cDNA、オリゴヌクレオチド、BAC(バクテリア人工染色体)などがある。 また、基板上にリソグラフィーの技術などを使って、直接オリゴDNAを合成して作製する方法も開発されている。

page top

  • 遺伝子発現プロファイル解析

    多数の遺伝子について、それぞれの遺伝子の発現状況(いつ、どの様な条件でその遺伝子が使われているか)をまとめたもの。 麹菌は、およそ 11,000〜12,000個の遺伝子を有するが、今回開発されたDNAマイクロアレイを用いることにより、麹菌のほぼ全ての遺伝子について一度に解析することが可能である。

  • 代謝パスウェイ予測

    生体(細胞)内では、様々な物質が分解・合成されているが、それぞれの物質がどの様な反応や物質を経て分解・合成されるかを表す経路を代謝パスウェイという。 これまでに解析された様々な生物の代謝パスウェイに関する情報と、麹菌のゲノム塩基配列から予測された遺伝子に関する情報から、麹菌が有する代謝パスウェイを情報科学的に予測することができる。

  • バイオプロセス

    一般的に、微生物による反応プロセスのことを指す。 化学プロセスと比較して、環境に優しい、化学合成では困難な物質が生成できるなどの利点を有する。

  • 生分解性プラスチック

    一般的にプラスチックは微生物などに分解されにくく耐久性に優れているが、廃棄した場合の環境への影響が深刻になっている。 そこで、環境中で微生物などにより容易に分解されるプラスチック(生分解性プラスチック)が開発されている。

  • スタートアップ・アドバイザー

    有望な技術シーズをベンチャー創業に結びつけるために、ベンチャー開発戦略研究センターに配置された、ビジネスモデルの構築から創業後の経営面のサポートまでを一貫して行う事業企画のエキスパート。

page top

  • スタートアップ開発戦略タスクフォース

    大学・公的機関が有する特許等の技術シーズを基に、成長指向が強く、社会的にインパクトのある創業に取り組むためにベンチャー開発戦略研究センターに設置された組織。
    スタートアップ・アドバイザーのトップダウン・マネジメントの下でハイテク・スタートアップの創業に必要な追加的研究を支援するために産総研の研究ユニットに研究開発費を提供する。

  • EST解析

    ESTとはExpressed Sequence Tag(発現断片配列)のことであり、発現している任意の遺伝子の部分塩基配列の網羅的な解析を指す。 従って、タンパク質のアミノ酸配列をコードする領域を重点的に解析することができるほか、同じ配列が何回解析されたかを利用して、その遺伝子がどのくらい高く発現しているかを知ることができる。 一方、ゲノム解析では、遺伝子の発現を制御する領域、およびEST解析では得ることができない発現が非常に低い遺伝子の配列を含めて、その生物が有する完全なDNA の塩基配列を得ることができる。

  • バイオマス

    生物資源のこと。木材資源などの植物性バイオマスは利用することが難しい難分解性生物資源であるが、リサイクル可能なエネルギー資源として注目されている。

  • 循環型バイオシステム

    これまでの工業社会では物質循環をせずに、廃棄物を焼却処理するか埋め立て廃棄をするなどの環境負荷の高い処理方法が一般的であった。 しかし、近年の炭酸ガス排出増加に伴う地球温暖化や化石燃料の枯渇の観点から、廃棄物よりマテリアルを回収再利用する物質循環型社会システムの実現が望まれている。 生物反応は、生物を触媒として利用し、低温の温和な条件で効率よく反応が進行することから、生物反応を用いた各種のリサイクルシステムの構築が期待されている。

page top