INOHプロジェクトには、解決すべき課題がもう一つあった。「ソーシャル面での課題(福田)」だ。生命情報工学の分野では、シグナル伝達パスウェイのデータベース化に大きな注目が集まっている。このデータベース化を推進することが、INOHプロジェクトの目的だ。しかし、単独ですべての情報をデータベース化できるわけではない。生物学の発展に寄与するためには、国際的に統一された書式や形式を作り上げ、認知・採用してもらう必要がある。
実は、INOHのみでなく、複数のデータベースは世界中で構築されてきた。しかし、それぞれ独自形式で作られたため、データの集約や汎用解析ツールの開発は難しくなっていた。
そこで設立されたのが、国際的な標準化を進めるBioPAXコミュニティだ。福田は2003年からBioPAXの主要メンバーとして活動し、2005年、第1回のBioPAX国際シンポジウムおよびBioPAX仕様策定会議をCBRCで開催する際の実行委員長を努めた。こうした尽力により、INOHプロジェクトは国際的な研究の中でも主要なものという位置を占めている。BioPAXが策定した仕様にも、INOHプロジェクトが提案したものが多数採用された。「国際的なコミュニティの中で認めてもらうには継続力が必要です。2〜3年は必要になるはずです。INOHプロジェクトは、当初よりソーシャル面での課題を強く意識してクリアしてきました。新規のプロジェクトも最初は大変かもしれません(福田)」。
福田をはじめとする研究者の絶え間ない努力により、INOHプロジェクトは一定以上の成功を収めている。日本発のオントロジーとパスウェイデータベースとしては国際的にも認められたものとなった。ただ、福田によれば、まだまだ残された課題もあるという。
中でも大きいのは、データの互換性や変換のしやすさという課題だ。「シグナル伝達パスウェイのデータは、大変複雑なものです。このデータを、世界中の研究者が使いやすい形で提供するための工夫が、さらに必要だと考えています。また、世界中で開発されている個別データベースやBioPAXが策定したデータ形式との互換性や形式変換のしやすさも追求しなくてはいけません。現在も精力的に研究を続け、より有用な知識基盤を作るための努力を続けています」と、福田は言う。