バイオインフォマティクスの研究領域の中に、特に創薬の観点から注目されている対象がある。GPCR(G-Protein-Coupled Receptor:Gタンパク質共役型受容体)がそれだ。GPCRは細胞膜上に存在する受容体で、細胞外から神経伝達物質、ペプチドなど、多様なリガンドを受容し、細胞内のGタンパク質(Gi/o、Gq/11、Gsなどの種類がある)と選択的に共役する。その結果として、生体内で起こるさまざまな反応に寄与することが知られている。
現在、世界中で流通している薬剤の約30%近くは、GPCRによる反応・機構の制御を狙ったものとなっている。そのため、GPCRは創薬の重要ターゲットとして認識されている。
ただ、新薬開発を効果的に行うためには、GPCR遺伝子の全貌と“ふるまい”を明らかにしておかねばならない。ヒトのGPCR遺伝子は全体でいくつあるのか? 各GPCRはどのような働きをするのか? 各々のリガンド候補に対して、各GPCRはどのように活性化するのか? こういった点を網羅的、かつ総合的に敷衍するようなデータベースが必要だ。
諏訪が取り組んだのは、まさにその網羅的/総合的なデータベースの構築だ。「昔からGPCRを中心に研究して来た者として身体の中に存在するすべてのGPCRについて知りたい、その働きを理解したいという“野望”がありました」という諏訪の熱意は、具体的な形となって結実する。CBRCで作られたGPCRデータベース『SEVENS』およびGPCR-Gタンパク質結合選択予測システム『GRIFFIN』がそれだ。いずれも、実験による機能解析を支援するため重要な貢献が出来るものと諏訪は考えている。
プロジェクトのスタートは、2000年7月。CBRC設立のための準備室で、今後の研究テーマについて議論していたときのことだ。後にCBRCのセンター長となる秋山氏、現センター長の浅井氏、そして東京大学先端研の油谷教授といったメンバーから、プロジェクトの推進を打診されたという。「2000年6月に、ヒトゲノム計画に一つの進展がありました。ゲノムドラフト配列が決定されたという発表があったのです。その結果に基づいて、ヒトのGPCR遺伝子を全て解明できないだろうか、という話になりました」と、諏訪は振り返る。
当時、ゲノムからの遺伝子探索は、既知の遺伝子と類似した塩基配列をデータベース上で検索する手法が一般的だった。しかし、こうした方法だけでは発見できないものもある。遺伝子1個が、多くのエクソンを持ち、極めて広い領域に広がっている場合だ。この例も含めてゲノムの塩基配列から遺伝子領域を精度良く見つけ出す手法を確立できれば、創薬だけでなく、多くの実験研究者の要求にも貢献できる。「受容体の全貌を見てみたい、という思いは、以前からありました。しかし、この研究を進めるには、大規模な計算環境が必要になります。また、数理研究の専門家との共同研究も必須と考えられました。当時の感覚では、既存の大学や企業ではできそうにない研究テーマといえたのです。しかし、バイオインフォマティクスの専門家が集うCBRCならば、この研究を進められるのでは? そう考えて、プロジェクトに取り組み始めました」。
プロジェクトの最終的な目標は、GPCR遺伝子の網羅的/総合的なデータベースを構築すること。実際に発現している既知のGPCR遺伝子だけでなく、発現していなくてもゲノムにコードされ、潜在的に発現する可能性を持った未知のGPCR遺伝子もターゲットとしている。さらに、基盤となるデータベースを構築した上で、特定のGPCR遺伝子がどのようなGタンパク質と選択的に結合するかを予測するツールの構築も行う予定となった。